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大阪高等裁判所 昭和59年(う)65号 判決 1984年11月09日

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役六年に処する。

原審における未決勾留日数中二〇〇日を右刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、大阪地方検察庁検察官検事土肥孝治作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人森岡一郎作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、要するに、原判決は「被告人は、大韓民国在住の周根済らと共謀のうえ、営利の目的で覚せい剤を同国から本邦内に密輸入しようと企て、右周根済が、昭和五七年一月一六日ころ、同国浦項港を出港した同国貨物船第一韓星号船倉内最前部右舷底部側壁内にフェニルメチルアミノプロパン塩を含有する覚せい剤結晶六袋(約二、九五三グラム)を隠匿し、同月一八日午後四時三〇分ころ、同船が大阪市住之江区南港中八丁目地先大阪港ライナー埠頭第七号岸壁に接岸到着するや、同岸壁付近で同人と被告人が右覚せい剤の受渡し時刻、場所、方法の打合せを行つたのち、同日午後九時五〇分ころ、右周が同船に戻つて、同覚せい剤を陸揚げし且つ偽りその他不正の行為により右覚せい剤に対する関税四八六、〇〇〇円を免れようとその機会をうかがつていたが、大蔵事務官に発見されたため、その目的を遂げなかつたものである。」との公訴事実に対し、実行行為者である周根済の所為は、覚せい剤輸入及び関税ほ脱の各未遂罪ではなく、各予備罪にとどまるとしたうえ、被告人が右各予備罪の犯行の謀議に関与した証拠がなく、共謀共同正犯としての責任を問うことはできないとして無罪を言渡したが、これは実行行為者の行為に対する法令の解釈適用を誤り、しかも共謀に関する証拠の取捨選択ないし価値判断を誤つた結果その成立を否定する事実誤認を犯したもので、右誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、破棄を免れないというのである。

一本件の事実関係について

原審が適法に取調べた関係証拠並びに当審証人周根済の証言によれば、以下の事実が認められる。

(一)  被告人は、姫路市に事務所を置く暴力団小山会の会長であるが、昭和五六年三月初旬ころ同市内の自宅において韓国在住の従兄弟李秀益の情婦のである金光子に対し、同女が韓国内から運び屋を用いて覚せい剤を本邦に搬入し、被告人に届ける約束で二キログラムの覚せい剤を注文し、その仕入代金五二〇万円、費用一五万円を支払つた。

(二)  韓国船員である周は、李秀益に対し本邦へ覚せい剤を運搬する仕事をやらせてほしい旨依頼し、金光子を紹介されていたが、同女から、同年三月初めころ覚せい剤約五〇〇グラムを報酬五〇万ウォンで、同月中旬同剤約一キログラムを報酬一〇〇万ウォンで、それぞれ被告人に届けるよう依頼されてこれを受け、同年三月四日ころと四月四日ころの二回にわたり第一正金号で広島県竹原市沖の契島に入港した際、そのつど被告人に電話連絡をして同所に覚せい剤を引取りに来させ、一回目は被告人に手渡したが、二回目は発覚の危険を感じて覚せい剤を海中に投棄し、手渡すことができなかつた。

(三)  周は、昭和五六年九月ころに金光子からの右の報酬のうち一〇万ウォンを受取つただけであつたので、その後も残りの報酬を貰うべく同女を捜していたが、同年一二月二日ころ大阪港に来た際に被告人に電話をかけ、同女と連絡がとれるかどうかを尋ねたところ、被告人も連絡がとれないとのことであつたが、周が被告人に「今もヒロポンは用がないか」と尋ねたところ、被告人において「今少しあればいい。今は誰とも連絡がなくて全然きていない。そういうものがあるかどうかちよつと調べてくれ」と返事をし、周が覚せい剤の相場を尋ねたのに対し、被告人は「一キロ三〇〇万円ぐらいだ。とにかくヒロポン関係なれば光子さんが詳しいんだ。光子さんを訪ねてみてくれ」と答えたので、周は、「韓国へ行つて金光子などと連絡が取れればいつぺん話してみます」と言つた。

(四)  帰韓した周は、昭和五七年一月四日第一正金号を下船し、就職口を探すかたわら、金光子から残りの報酬を貰い、かつ被告人の右の意向を伝えるべく、かつて覚せい剤を渡された釜山市のプラザホテル等同女のいそうな場所を探し歩くうち、同月一三日ころ同市内の「巨木」喫茶店で、前の二回の覚せい剤授受の場で金光子から仲間として紹介されていた金山某女と出会つて付近の酒場に行き、同女に対し「日本ではヒロポンが三〇〇万円ぐらいになつている。小山さんはあれば必要だと言つていた」旨被告人の意向を伝えたところ、同女は「品物を送りたいけれども、品物があるかどうかはつきりしないので、確かめてからはつきりとしたことを言う」と述べたので、再会を約して同女と別れた。同月一五日朝、周は、同女に対し、甲板長として乗船が決つた貨物船第一韓星号が同月一六日に浦項から本邦に向け出港することになつた旨を伝え、一五日午後浦項の船員センター及び釜山市内の旅館で同女と会い、同女から報酬一〇〇万円を引渡時に被告人から受取れるようにするとの約束で、被告人に本件覚せい剤結晶六袋(約二、九五三グラム)を渡すことを引受け、被告人の電話番号を書いたメモとともに右の覚せい剤を受け取つた。

(五)  第一韓星号は同月一六日午後五時三〇分ころ浦項港を出港したが、周は、航行中の翌一七日午後七時過ぎころ、それまで自己の船室内に隠匿していた本件覚せい剤を船倉右舷最前部に移し、ワイヤースパイクを用いて右舷底部側壁にはめ込んである側板をこじ開け、右舷側壁内に隠匿した。

(六)  周は、一七日正午ころ、本件覚せい剤を隠匿携帯して密輸入するため、同船船長孔〓圭の依頼を受けた通信長元容培から乗組員の携帯品申告をするため携帯品の有無の確認を求められた際、同人に対し、覚せい剤を携帯していることを秘し、申告すべきものとしては日本円一万円だけであると偽つた申し向け同人をしてその旨乗組員携帯品申告書に記載させ、これに署名した。同船は翌一八日午前九時二〇分大阪港第七区に入港して検疫を受け、同港第八区で仮停泊してバース待ちをし、その間税関による入港検査を受けたが、その際の同日午前一〇時五〇分ころ、右乗組員携帯品申告書が同船船長孔〓圭から入港尋問のため来船した大阪税関職員に提出され、その旨の輸入申告がなされた。

(七)  周は、同船が一八日午後四時四〇分ころ大阪港ライナー埠頭第七号岸壁に接岸したので、同日午後六時三〇分ころ上陸してタクシーで築港に赴き、同所から被告人に電話をかけて「周です。三キロ持つて来ました。築港で話をしよう」と言つて、同日午後九時ころ付近のパチンコ店前で被告人と落ち合い、被告人とともにタクシーで右第七号岸壁まで行き、被告人に本件覚せい剤を隠匿している第一韓星号を教え、築港へ戻る途中、ライナー埠頭第四岸壁前の公衆電話ボックスを示し、翌一九日午前五時に右公衆電話のところに被告人が乗りつける自動車内で本件覚せい剤の受渡しをする旨の打合せをした後、築港へ戻つて被告人と別れた。

(八)  周は、一八日午後九時四五分ころ帰船し、本件覚せい剤を前示の隠匿場所から取り出すための用意として、一等航海士から懐中電燈を借り出して自室に戻つたが、同日深夜同船付近で張込み監視中の大阪税関職員が行方不明になる事故が発生し、同税関職員による船内探索が継続して実施されたため、約束の日時に本件覚せい剤の陸揚げができないでいるうち、翌一九日午後一〇時ころから同税関職員によつて行われた出港検査の際、本件覚せい剤が発見押収された。

(九)  第一韓星号が接岸したライナー埠頭第七号岸壁は指定保税地域であり、同地域からは鉄製格子扉により岸壁前道路に通じるようになつているが、周が下船し帰船した当時、右の扉は施錠されておらず、また看視者等もいなかつたため、扉は閉められていたけれども、これを押し開けて容易に乗下船することができ、その際梯子などを用いる必要もなく、覚せい剤を同岸壁に陸揚げすることによつて関税ほ脱の目的は実質上達せられる状況にあつた。

以上、証拠によつて認められる事実関係につき、被告人は、原審及び当審公判廷において、昭和五六年一二月に周と電話で覚せい剤の話しをしたことはなく、周のいう金山なる女性は、周が作りあげた架空の人物で存在せず、したがつてこのような人物と覚せい剤密輸入の連絡をしたことはなく、本件覚せい剤は周が勝手に持ち込んできたものであつて、一月一八日姫路から出て来て周と落ち合つたものの、覚せい剤の受渡日時、場所等は決めていないと供述しているが、周の職業、前二回の覚せい剤密輸入における被告人、金光子、周の関係、一月一八日周から電話連絡を受けた後の被告人の行動等に徴すると、被告人の右の供述は到底信用できず、周の原審及び当審の各証言は、詳細かつ具体的で、信用できるものと認められる。

右の事実関係にもとづき、まず控訴趣意中の事実誤認の主張について判断する。

二被告人の共謀に関する事実誤認の主張について

原判決は、(一)昭和五六年一二月二日ころの周・被告人間の電話のやり取りは、被告人と周とが本邦内へ覚せい剤を密輸入する具体的な犯罪行為の実行を謀議したものとまでは認められず、(二)昭和五七年一月中旬ころの周・金山間の本件覚せい剤を本邦内へ密輸入する謀議は、右一二月二日ころの周・被告人間の電話のやり取りとは無関係に、周と金山との間の新たな謀議と認めるのが相当であり、(三)被告人と金山との間には本件覚せい剤密輸入の通謀が存在した疑いがあるものの、その具体的な内容は明らかでなく、結局被告人が本件覚せい剤を本邦内に密輸入することを周及び金山と共謀したものということはできない、と判断しているので、その当否について検討する。

(一)  まず、一二月二日ころの周・被告人間の電話でのやり取りは、周が被告人に金光子の消息を尋ねた機会になされたにせよ、被告人が周に覚せい剤の取引をしたい意向を示し、周において被告人の意向にそうことを約したものと認められ、前二回の覚せい剤の密輸入において荷送人であつた金光子が当時行方不明であり、他方周も当時乗船していた第一正金号を下船するつもりでおり、他の船舶への乗船及び本邦への来航の見通しが立つていない状態にあつたことを考えても、前示(一)、(二)の事実関係をもとに考察すると、被告人において覚せい剤を仕入れる意思を示し、周もこれを運んでくる意思を伝えたという点において、被告人・周間に覚せい剤密輸入の意思の道絡が成立したものと認めるのが相当である。

(二)  つぎに、周が帰韓した後、金光子の仲間である金山に出会い、同女に対して前示のように被告人の意向を伝えたのは、被告人との電話のやり取りと無関係ではなく、まさしく被告人との意思の連絡にもとづくものと認めるべきであり、金山がこれに対し、周に「品物を送りたい……」と述べたのは、送る相手方が被告人であることを承知したうえでのことであり、一月一五日に本件覚せい剤と被告人の電話のメモを周に渡した段階において、周・金山間に密輸入の共謀が成立したものと認めるのが相当である。原判決は、周・金山間の右謀議が一二月二日ころの電話でのやり取りとは無関係に、周・金山間の新たな謀議と認めるべき理由として、周が金山から本件覚せい剤を受取つてからもなお報酬額をめぐつて意見がそごし、直ちに依頼に応じてはおらず、場合によつては依頼を断ることもあり得た状況であつたことを挙げているけれども、周は本件覚せい剤を船積みしたうえで二〇万円の報酬では安過ぎて引受けられないとして増額を要求したに過ぎず、運搬そのものを断つていないのであるから、原判決の右の判断は相当でない。

(三)  被告人・金山間の共謀については、一月一五日金山が周に本件覚せい剤を託すに際し、その数量、代金等の取引内容については一切触れず、被告人の電話番号を書いたメモを渡し、被告人と連絡をとつて受渡場所を決め、被告人に渡せばよい旨の指示を与えたに過ぎず、一方、被告人においても一月一八日周から電話を受けた際にも、また周と築港で落ち合つてからも、覚せい剤の荷送人や自分が荷受人となつた経緯、その他代金、支払方法等について全く話し合うことなく、ただ受渡しの日時、場所を決めただけであること等に徴すると、被告人と金山との間には、その内容は明らかでないけれども、本件覚せい剤の取引に必要な事項について具体的な連絡があり、取決めがなされていたものと十分推認することができるのであり、両者間でその連絡、取決めがなされたのは、一月一三日ころから一月一五日までの間と認めるのが相当である。

以上のとおりであつて、被告人は周及び金山と本件覚せい剤を密輸入し、関税をほ脱することを順次共謀したものと認めるべきである。

したがつて、被告人が周及び金山と共謀した事実は認められないとした原判決は、証拠の取捨選択、価値判断を誤つた結果事実を誤認したものであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことが明らかである。

右のように、原判決の事実誤認を主張する控訴趣意は理由があり、この点において原判決は破棄を免れないが、ここで法令の解釈適用の誤りを主張する控訴趣意についても判断を示しておくのが妥当であると考え、つづいてこれを行う。

三法令の解釈適用の誤りの主張について

原判決は、実行行為者である周の所為につき、覚せい剤取締法違反の関係では、「周は、本件覚せい剤について、陸揚げ行為の一部は勿論のことこれに密接した行為すら行つておらず、陸揚げのための準備をなした段階で終つたものというべきである。」として、輸入の予備罪に当るものと解するのが相当であるとし、関税法違反の関係では、「本件覚せい剤の如き携帯品の輸入は、保税地域内にある税関の旅具検査場で必要な検査を受けて所定の税金を支払つた後、税関長の輸入許可を受けて保税地域から引き取るということにより行われるのであるから、関税ほ脱罪は、右の検査後に支払うべき関税を支払うことなく保税地域からこれを引き取つたときにはじめて成立するのであり、右周は、同船が接岸した当日、本件覚せい剤の輸入申告はしていないものの、右隠匿場所に隠匿したままで終つており、保税地域への陸揚げすら行つていないのであるから、関税ほ脱の一部は勿論のことこれに密接した行為すら行つておらず、関税ほ脱のための準備をなした段階で終つたものというべきである。」として、関税ほ脱の予備罪に当るものと解するのが相当であるとしている。

しかし、覚せい剤輸入罪(覚せい剤取締法四一条、一三条)は、船舶による場合においては、覚せい剤を船舶から本邦内(保税地域を含む)に陸揚げすることによつて既遂となる(昭和五八年九月二九日最高裁第一小法廷判決・刑集三七巻七号一一一〇頁)のであるから、陸揚げにとりかかり、またはこれに密接する行為をしたときは、その実行の著手があつたものと解すべきである。

つぎに、貨物を輸入しようとする者は、関税法六七条により政令で定める当該貨物の品名並びに数量及び価格その他必要な事項を税関長に申告し、貨物につき必要な検査を経て、その許可を受けなければならないと定められており、税関に対し虚偽、過小の申告をして関税の賦課決定を誤らしめる場合のほか、無申告で輸入する場合などは、いずれも詐欺その他不正の行為により税関をして関税の賦課決定を不能なら、しめ、または賦課決定を誤らしめる行為として関税法一一〇条一項一号にいう「偽りその他の不正の行為により関税を免れる」行為に該当し、同条の関税ほ脱の罪が成立するものであるから、保税地域を経由し、通関手続を経て輸入する場合には、偽りその他不正な輸入申告をした時点で、関税ほ脱罪の実行の著手があつたものと解すべきである。

もつとも、当該貨物が船舶乗組員の携帯品であるときは、一般の場合より簡略化した申告書による輸入申告または口頭による申告が許されており、書面による申告の方法としては、乗組員携帯品申告書を提出することによつて輸入申告をさせる取扱いになつている(関税法施行令五九条一項、五八条但書、関税法基本通達第六章六七―四―六)。そして、右申告書は、入港手続の際、船長から税関職員に提出される扱いであり、したがつて、もし船舶乗組員において陸揚げ輸入する意思のある携帯品がありながら、同申告書にその旨を記載せず、これを船長を介して税関職員に提出したときは、以後の検査、徴税手続を誤らしめ関税をほ脱する結果となるのであるから、船長をして右申告書を税関職員に提出させたときは、関税ほ脱罪の実行の著手があつたものというべきである。

これを本件についてみると、前示認定のように、周は第一韓星号船倉内最前部右舷底部側壁内に本件覚せい剤結晶六袋を隠匿し、税関の入港検査の際に発見されることを免れたため、同船が一月一八日午後四時四〇分ころ大阪港ライナー埠頭第七号岸壁に接岸した後は、容易にこれを携帯して上陸できる状態にあつたばかりでなく、同日右接岸後上陸し本邦内の荷受人である被告人と会つて受渡しの日時、場所、方法等を具体的に打合せたほか、被告人に同船及び受渡場所等を案内して見分させる等し、同日被告人と別れて帰船後、自らも懐中電灯を用意するなどして、いつでも船倉内からこれを取り出して陸揚げできる態勢を整えていたのであるから、遅くとも右段階において覚せい剤輸入罪の実行の著手があつたと認めるべきである。また、周は、前示認定のとおり乗組員携帯品申告書に署名し、通信長を介して船長に提出し、一月一八日午前一〇時五〇分ころ、大阪港第八区に仮停泊した際、これが船長から入港尋問のため来船した大阪税関職員に提出交付されたのであるから、この段階において関税法一一〇条一項一号のほ脱罪の実行の著手があつたものと認めるべきである。

そうすると、周については、営利目的による覚せい剤輸入罪の未遂及び関税ほ脱の未遂が成立することになるのに、原判決が周の所為は覚せい剤輸入の予備罪及び関税ほ脱の予備罪が成立するにとどまるとしたのは、法令の解釈適用を誤つたものであり、前示のとおり被告人と周及び金山との間に覚せい剤密輸入及び関税ほ脱の共謀が成立している本件においては、実行行為者の行為に対する右の法令の解釈適用の誤りは共謀共同正犯者たる被告人にもその誤りがあることになり、判決に影響を及ぼすことは明らかである。

四自判

右に述べたとおりであるから、刑事訴訟法三九七条一項、三八二条、三八〇条により原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書にしたがい次のとおり自判する。

(罪となるべき事実)

被告人は、大韓民国在住の周根済らと共謀のうえ、営利の目的で覚せい剤を同国から本邦内に密輸入し、かつ偽りその他不正の行為により右覚せい剤に対する関税を免れようと企て、周根済において、昭和五七年一月一六日ころ、同国浦項港を出港した同国貨物船第一韓星号船倉内の最前部右舷底部側壁内にフェニルメチルアミノプロパン塩を含有する覚せい剤結晶六袋(約二、九五三グラム)を隠匿し、同月一八日午前一〇時五〇分ころ大阪港で仮停泊中、同船船長孔〓圭を介して大阪税関職員に対し、右覚せい剤を除外した乗組員携帯品申告書を提出し、同日午後四時四〇分ころ同船が大阪市住之江区南港中八丁目地先大阪港ライナー埠頭第七号岸壁に接岸した後の同日午後六時三〇分ころ上陸して被告人と会い、右覚せい剤の受渡し日時、場所、方法の打合せを終え、同日午後九時四五分ころ帰船し、右覚せい剤を取り出すために懐中電灯を準備するなどして、いつでも陸揚げできる態勢を整えてその機をうかがい、同剤を陸揚げして密輸入し、かつ偽りその他不正の行為によりこれに対する関税四八万六〇〇〇円を免れようとしたが、大蔵事務官に発見されたためその目的を遂げなかつたものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人の判示所為中、営利目的による覚せい剤輸入未遂の点は、覚せい剤取締法四一条一項一号、二項、三項、一三条、刑法六〇条に、関税ほ脱未遂の点は、関税法一一〇条一項一号、三項後段、刑法六〇条にそれぞれ該当するが、右は一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により重い営利目的による覚せい剤輸入未遂罪の刑で処断することとし、所定刑中有期懲役刑のみを選択して処断することになる。犯情について考えるのに、被告人は営利目的で共謀のうえ三キログラムに近い大量の覚せい剤を密輸入し、その関税をほ脱しようとして各未遂に終つたもので、犯行の動機、態様のほか、覚せい剤取締法違反の罪等により(一)昭和四二年九月二九日懲役五年及び罰金一〇〇万円に、(二)昭和五五年三月二一日(同五七年一二月一四日確定)懲役四年及び罰金一〇〇万円に、それぞれ処せられた前科があり、ことに本件は右(二)の前料の控訴審判決後の保釈中に犯されたものであることにかんがみると、被告人の刑責は重大であるといわざるを得ず、密輸入直前に発覚し実害が発生しなかつたこと、周根済との刑の権衡、その他被告人の健康状態等を考慮したうえ所定刑期の範囲内で被告人を懲役六年に処するのを相当とし、刑法二一条により原審における未決勾留日数中二〇〇日を右刑に算入し、原審及び当審の訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項但書により被告人に負担させないこととする。

よつて、主文のとおり判決する。

(兒島武雄 荒石利雄 中川隆司)

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